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大阪高等裁判所 昭和40年(ネ)1760号 判決

控訴人 大倉恒雄

被控訴人 国

代理人 上野至 外二名

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事  実〈省略〉

理由

当裁判所も本件登記申請に際し添付された本件印鑑証明書は、控訴人主張の方法により真正な区長公印を転写する方法で偽造されたものであったが、右偽造は登記所に提出する書類の代行作成を業務とする司法書士が加わり、不動産ブローカーらが常習として行なつた特別に精緻巧妙な偽造であって、登記官吏にこれを看破することを期待できない程度のものであつたから、右登記申請を受理した法務事務官岩井平三がこれを看過した点につき、同事務官に過失があるとすることはできず、右過失のあることを前提とする控訴人の本訴請求は理由がないと認定判断するものであって、その理由は次に附加するほか、原判決理由説示のとおりであるから、これを引用する。

一、本件印鑑証明書のうち、阿倍野区長作成名義の印鑑証明書(証拠省略)については、これを仔細に観察するとその用紙中各区長公印の印影部分およびその周囲の部分が他の用紙部分と違つて多少おう突を示しているが、このおう突は表面から見るとわかりにくいのみならず、右各印鑑証明書は登記申請書類に貼付させていてこれを裏面から見ることは不可能であつたのであるから、登記官吏が右各印鑑証明書にその程度のおう突があることから、これを偽造されたものではないかとの疑念を起さなかつたことを責めることはできない。

二、(証拠省略)には、印鑑証明書偽造の方法として、真正な印鑑証明書にある区長公印を謄写版原紙(いわゆるロール紙)に写し取つてこれを別の用紙に転写する方法があることは、登記官吏、司法書士などの間ではかなり広く知られているとの証言部分があるが、右は同証人らが登記官吏として勤務中登記所内部でそのような方法による印鑑証明の偽造が可能であると聞いたというに止るものであつて、同人らの経験に基づく伝聞のみで右偽造方法が登記官吏の間に広く知られていたと認めることは困難であるのみならず、(証拠省略)によつて認められる次の事実、すなわち、登記官吏として十余年の経験を有しその間大阪法務局民事行政部登記課長補佐として登記官吏の指導監督の職にあつた山中鎮夫でさえ本件のようなロール紙を使用して印影を写し取る方法による印鑑証明書偽造のことを知つたのは、昭和四二年同種の印鑑証明書偽造事件があつた後であるというのであつて、登記事務の処理につき、右方法による偽造印鑑証明書の見分け方等の指導ないし指示をしたことはなかつたこと、および登記官吏として二〇年余の経験を有する岩井平三も本件発生まで右のような偽造方法は知らなかつたこと等の各事実に照らすと、右のような偽造方法は登記官吏の一部には知られていたにもせよかなりの範囲に周知されていたとは認め難いから、前示(証拠省略)を引いて本件のような印鑑証明書偽造方法が登記官吏等登記関係者の間に周知のものであり、それだけ登記官吏の印鑑証明書審査が慎重でなければならず、具体的には大件印鑑証明書を看過したことにつき過失があると解することはできない。

してみれば、本件登記の目的となつた不動産がすでに本来の所有者田原新一郎に回復されたことは当事者間に争いがないから、控訴人は右不動産を取得することができず、これが代金等の損害を蒙つたことは明らかであるが、前示法務事務官岩井平三にその職務を行なうに当り過失があつたとすることはできない以上、右過失の存在を前提とする控訴人の本訴請求は失当たるを免かれずこれと同旨の原判決は相当で本件控訴は理由がないから民事訴訟法三八四条によつて棄却すべく、訴訟費用の負担につき同法九五条、八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 加藤孝之 今富滋 藤野岩雄)

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